鹿肉を家庭の食卓に—鹿肉のご飯のおとも専門店「山肉デリ」井上不二子


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井上不二子

大阪府出身。長野県で鹿肉の料理教室などのイベントを開催した経験を活かし、2013年に大阪市阿倍野区に鹿肉の加工品通販専門店をオープン。

「家で食べるジビエ」をコンセプトに、鹿肉の加工品を製造・販売する「山肉デリ」の井上さん。近年「ジビエ」という言葉をよく耳にするようになり、さまざまな鹿肉の商品が販売されるようになりましたが、井上さんが家庭料理にこだわる理由とは一体何なのでしょうか。

 

—店名にある「山肉」は、山で捕れる野生鳥獣の肉を指す言葉なんですね。

 

井上 はい。仕事の都合で長野県に移住をしてから鹿肉と関わるようになったのですが、長野県には郷土料理として鹿肉を食べていた地域があり、猪や熊、鹿など狩猟で捕れた肉を「山肉」と呼んでいる伝統がありました。うちは信州産の鹿肉を使っており、日本のそのような伝統を大切にしたいという思いを込めて「山肉」という言葉を使っています。

 

—長野で鹿肉を扱うようになったきっかけは。

井上 仕事終わりによく寄っていた職場の近所のオーガニックカフェのオーナーに「狩猟のイベントをやるので来ませんか」と誘われたのをきっかけに獣害対策をする市民団体に入りました。そこで信州大学の学生さんと駆除された様々な獣を解体したり、田畑の防護柵を張ったりしていたのですが、ある日突然その団体の方から「鹿肉の食事会をするから料理をつくれ」と言われたんです。当時、鹿肉を扱うのはフランスやイタリア料理人で、料理もテリーヌやパイなどレストラン料理のものばかりでした。でも、私がつくって食べていたのは鹿カツや熊コロッケなど、お肉以外はご家庭の厨房でつくれて親しみやすい味のものばかりでした。今のようなビジネス志向の「ジビエ振興」というより、狩猟者を増やすための「狩猟振興」に付随した自家消費奨励のための活動だったので、プロにしかできない料理ではないほうが、むしろよかったのです。食事会に来た人からも好評で、それから鹿肉料理を振る舞うイベントや料理教室を行うようになりました。今でも商品として出している「鹿肉しぐれ」と「鹿肉そぼろ」は、このころからつくっていたものです。多いときで40人以上の食事を1人で準備しなければならず、あらかじめつくっておけるメニューが必要で、常備菜という発想につながりました。

 

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人気商品の「鹿肉しぐれ」と「鹿肉そぼろ」。家族みんなで分けて食べるときにちょうどいい量。「お客様の中には『美味しかったから』と知人や友人にプレゼントとして贈られる方もいらっしゃいます」と井上さん。 

 

井上 市民団体に入った最初の猟期には、鹿を数十体を1人でさばくこともありました。「なんでこんなことやっているんだろう……」と思ったりもしましたが、自分がさばかなければこの鹿たちは焼却炉にいってしまう。その頃は仕事も辞め、地域の高校で食育の授業を担当していたので、子どもたちには命の大切さを教えているのに自分が殺した命を捨てるというのはおかしいですよね。自分たちで食べてあげることが大切ということを実感するために夢中で解体したこともありました。

 

“「自分には鹿肉しかない」 そう決意し、地元・大阪で鹿肉の加工品通販専門店をオープン”

 

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井上 事情があり地元の大阪に戻ってきて、しばらくして東日本大震災から1年の日がやってきました。長野の友人たちが「忘れない」といって支援活動に奔走するのをSNSで眺めながら、「これからも自分が忘れずにずっと関わっていけることって何だろう」と考えたときに、「やっぱり鹿肉しかない」と思ったんです。長野での生活は大変だったけど、あのときの感覚は一生忘れられないと思い、もう一度鹿肉と関わることに決めました。

 

—それから大阪で鹿肉の加工品を製造することになったんですね。

 

井上 はい。自分がやりたいことはレストラン料理ではなく家庭料理なので、惣菜で何かできないかと考えたときに加工品のことが気になり出しました。鹿肉の加工品は缶詰が多いのですが、色んな方の話を伺うと缶詰にするのが品質的に一番いいというわけではなく、流通や賞味期限が長いという理由で缶詰になっている。それなら、つくれる仕組みを変えたら缶詰という形態に縛られる必要はないのではないかと考えました。また、鹿肉は鉄分が高くカロリーが低いので女性にとってうれしい食べ物ですが、当時は女性が買いたくなるような鹿肉の加工品がなかったんです。家族みんなで鹿肉を食べてほしいという思いから、女性でも食べやすい商品を開発しました。

 

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通販をしている商品は全5種類。左から時計周りに「鹿と野菜のドライカレー」、「鹿肉そぼろ」、「鹿肉しぐれ」、「鹿ごぼう味噌」、「おこめの国の鹿リエット」。何を買おうか迷っている人にはしぐれをおすすめしているそうだが、井上さんのイチ押しは「ワインでも楽しめるようにご飯だけではなくパンに合う商品も」というお客さんのリクエストからつくられたリエット。

 

井上 うちは肩肉を使っているのですが、白い筋を徹底的にはがすんです。なぜなら、赤身と筋は調理方法が違うから。筋は臭みさえ抜けば良質なコラーゲンだし、十分おいしいんです。筋の活用法を考えたときに生まれたのが「鹿と野菜のドライカレー」です。

 

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—今回ご出品いただくのは、そのカレーとスライスチーズが入った「ホットサンド」ですよね。イベント出店のときの人気メニューだとか。

 

井上 はい。自分の分をひとつ買って、後で「お父さんと子どもの分も買っていく」とまた来てくれるお客さんがたくさんいましたね。イベントに来るお客さんの7〜8割は鹿肉を食べたことがない方ですが、皆さん「おいしい」と言ってくれます。「もっと癖があるものだと思っていた」という感想が多いですね。

 

—ホットサンドはイベント時のみの商品ではありますが、そうやって家に山肉デリさんの商品を持って帰るお客さんがいるというのは、井上さんが大事にされている「家族みんなで鹿肉を食べてほしい」という思いが叶っているのではないでしょうか。

 

井上 そうですね。昔、集落全体で害獣駆除をする共同狩猟に参加させて頂いたときに、参加者の男性から「この間肉を持って帰ったら母ちゃんに怒られた」という話を聞いたんです。やっぱり、食べたことがない肉に抵抗があるんでしょうね。しかし、その話を聞いて「このままではだめだな」と。鹿肉を持って帰ったら、家族が喜ぶような状況をつくらないといけない。家族みんなで鹿肉を食べられるようになったらいいなと思います。遠い目標ですね。

 

山肉デリ

http://www.yamanikudeli.com/

 

(テキスト:川上ひろこ)


2015-06-17 | Posted in インタビューComments Closed 

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